恋人ができると、自分の全てがその人を中心に回り始める。相手の機嫌が気になって何も手につかない。連絡が来ないと不安で押しつぶされそうになる。相手のためなら自分を犠牲にしても構わない。
「これが愛だ」と思っていたものが、実は「共依存」かもしれません。
共依存とは
共依存とは、自分の価値を他者との関係の中にしか見出せない状態です。相手に必要とされることで、自分の存在価値を感じる。相手がいないと、自分が空っぽになるように感じる。
元々は、アルコール依存症者とそのパートナーの関係を説明するために使われた言葉でした。依存症者の世話を焼き、問題を肩代わりし、その人がいないと自分が存在できないように感じる。依存症者が物質に依存しているように、パートナーはその人に依存している。
でも、この概念はより広く、恋愛関係全般に見られるパターンとして理解されるようになっています。
共依存の特徴
共依存関係には、いくつかの特徴があります。
境界線の曖昧さ。自分と相手の区別がつかなくなる。相手の感情を自分のことのように感じる。相手の問題を自分が解決しなければと思う。
自己犠牲。相手のためなら、自分のニーズは後回し。自分を犠牲にすることが愛だと思っている。
コントロール。相手を助けるという名目で、相手をコントロールしようとする。あるいは、相手にコントロールされることを受け入れる。
他者の承認への依存。相手から認められないと、自分に価値を感じられない。
そして、これらは「愛」の名の下に行われます。でも本当は、これは愛ではなく、依存なのです。
なぜ共依存になるのか
共依存の根っこには、幼少期の経験があることが多いです。
機能不全家族で育った人は、親の世話をする役割を担っていたかもしれません。親の感情を受け止め、慰め、支える。子供なのに、親の親役をしていた。
あるいは、条件付きの愛情の中で育った。「〜したら愛してあげる」。愛されるためには、何かをしなければならなかった。存在するだけでは愛されないと学んだ。
そうやって、「必要とされることで価値がある」「世話を焼くことで愛される」というパターンが形成されます。
大人になり、恋愛関係に入ると、そのパターンが発動します。相手に必要とされたい、世話を焼きたい、そうすることで自分の存在価値を確認したい。それが、共依存関係の始まりです。
共依存関係の痛み
共依存関係は、一見すると愛情深い関係に見えることもあります。でも、実際には大きな痛みを伴います。
常に不安。相手の反応に一喜一憂する。相手がいないと不安で仕方がない。見捨てられるのではないかという恐怖が常にある。
自己喪失。相手に合わせ続けるうちに、自分が何者か分からなくなる。自分の好みも意見も消えてしまう。
疲弊。相手の感情の責任を取ろうとするので、常に疲れている。自分のことは後回しなので、どんどん空っぽになっていく。
そして多くの場合、関係は長続きしないか、不健全な形で続きます。対等なパートナーシップではなく、依存し依存される関係だからです。
健全な関係とは
健全な関係は、相互依存(interdependence)です。共依存ではなく。
相互依存とは、お互いが独立した個人として存在しながら、支え合う関係。一人でも生きていけるけれど、二人でいるとより豊かになる。必要だから一緒にいるのではなく、一緒にいたいから一緒にいる。
自分と相手の境界線が明確にある。相手の感情は相手のもの、自分の感情は自分のもの。相手の問題を自分が解決する必要はない。
一人の時間も大切にできる。相手がいなくても、自分の人生を楽しめる。相手に承認されなくても、自分で自分を承認できる。
共依存から抜け出す
共依存のパターンに気づいたら、変化は可能です。
まず、一人でいられるようになること。相手がいない時間に、自分と向き合う。自分は何が好きで、何を感じているのか。自分との関係を育てる。
次に、境界線を意識すること。「これは自分の責任、これは相手の責任」と区別する練習。相手の機嫌が悪くても、それは自分のせいではない。
そして、自分の価値を自分で認めること。誰かに必要とされなくても、自分には価値がある。それを、少しずつ、自分に教えていく。
あなたは一人でも十分
本当の愛は、依存ではありません。
自分を失うことでもなく、相手に溶け込むことでもなく、相手を救うことでもない。
二人の独立した人間が、それぞれの人生を生きながら、共に歩むこと。それが、健全なパートナーシップです。
あなたは、誰かに必要とされなくても、十分に価値のある存在です。その土台があって初めて、健全な関係を築くことができるのです。



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