
私の両手にはますかけ線があり、耳は福耳を持って生まれてきました。
福耳のほうは、ピアスを開けたことであのぷくっと感が少し失われましたが、それで運がなくなったとは思っていません。この組み合わせが、私の中にある理由のない自信の根っこになっている気はしています。
ただ、この手相を持っていて、実際のところどうなのか。そこを正直に書いておきたいと思います。
ますかけ線とは
ますかけ線は、感情線と知能線が一本につながって、手のひらを横切る一本線のように見える手相です。桝掛け線とも書きます。
語源の桝は升のことで、枡のように四角く手のひらを横切ることからそう呼ばれるようになったと言われています。
この線を持つ人は少なく、片手だけでも珍しいところに、両手にある人となるとさらに限られます。その特異性から、天才肌、天下取りの相、破天荒といった呼ばれ方をします。徳川家康、豊臣秀吉、織田信長が持っていたとされる伝説もあって、ますかけイコール強運という語られ方が定着しています。
天下取りの相と言われても
ここが、この記事でいちばん書きたいところです。
ますかけ線が天下取りの相だとして、今、取る天下がありません。
戦国時代なら、突出した資質は価値になりました。常識に収まらない、極端に振れる、加減が効かない。そういう性質が、時代のほうを動かす力として使えたからです。
でも今は平和な世の中です。同じ性質を持っていても、それを向ける先がありません。組織に収まらない、周りと足並みが揃わない、加減ができない。行き場がないぶん、生きにくいだけになります。
私は今、組織にいません。ただ、それがますかけ線のせいかというと、そうも思っていません。ホロスコープを見れば別の説明もつくし、単に私の性質かもしれない。手相ひとつで説明できるほど、人は単純ではないです。
父も両手ますかけの福耳です
うちの父も、両手ますかけ線で福耳です。私と同じ組み合わせを持っています。
そして父は、中小企業の社長でしかありません。
信長でも秀吉でも家康でもない。天下は取っていない。悪い人生ではないと思いますが、天下取りの相と呼ばれるものを両手に持っていて、着地点はそこでした。
同じ線を持っていて、父は組織を作る側に収まり、私は組織から出ました。線が同じでも行き先が違うので、行き先を決めているのは線ではないということになります。
線は後付けです
私は組織に馴染めません。それは単に、そういう性質だというだけの話です。
その理由を探すとき、手のひらにますかけ線があると、それが目に入ります。だから、この線のせいだと思う。天下取りの相なんだから仕方ない、と納得できる。
ただ、順番としては逆です。先に性質があって、後から線を説明に使っています。
これは、ますかけ線に限った話ではありません。人は自分の説明がほしいときに、手相でも星でも数字でも、目についたものを使います。使うこと自体は悪くないのですが、順番を間違えると厄介です。
線に人生を預けると、うまくいかないときに「私はますかけなのに」となり、うまくいったときも「ますかけだから」で片付きます。 どちらの場合も、自分がやったことになりません。
お客様には言わないこと
正直に書きます。ますかけ線をお客様が持っていたら、私はいいですね、と言いますが、本心ではあまり良い意味で受け取っていません。
強運の証として受け取ってしまうと、線に頼るようになるからです。行動しなくても何とかなると思ってしまうし、うまくいかないときは線が裏切ったことになる。どちらにしても、動く理由が減ります。
ますかけ線がある人ほど、行動で結果を出す必要があると思っています。線があるから何かが起きるのではなく、突出した性質を持っている分、それを使わないと持て余すだけになるので。
欧米ではシミアンラインと呼ばれます
日本では強運の象徴として扱われますが、欧米圏では扱われ方が違います。
シミアンライン、またはシングルトランスバースパルマークと呼ばれ、医学的な文脈で参照されることがあります。染色体異常との関連が語られる場面もあります。
ここは誤解のないよう書いておきます。この手相は健常な人にも一定の割合で見られるもので、線があること自体が何かを示すものではありません。 心配になった方がいたら、そこは切り離して考えてください。
一般的な人口に見られる場合の心理的な傾向としては、感情と理性が一体化しているため極端な行動をとることがある、こだわりが強く自分の世界に没入しやすい、といった説明がされます。
日本では幸運のシンボル、欧米では個性の強さ。どちらも、普通とは少し違うという点では共通しています。波乱万丈と言われるのは、そのあたりに理由があるのかもしれません。
両手にあるということ
片手だけでも珍しいますかけ線が、両手にある場合はさらに稀です。
左手は先天的な運勢、右手は後天的な運勢を示すとされます。両手にあるということは、生まれつきの性質と、自分で積み上げてきたものが同じ方向を向いている、という読み方になります。
ただ、これも良いことばかりではありません。両方が同じ方向を向いているということは、修正が効きにくいということでもあります。
福耳のこと
福耳は、仏像のように大きく厚い耳たぶを指し、財運や福運の象徴とされます。
私は福耳の恩恵を、たしかに受けてきたと思います。子どもの頃から、お金に不自由した記憶がありません。費用のかかる環境で育ちましたし、周りが出してくれる状況が続きました。財運のある子だったのだろうと思います。
ただ、私にはお金を使う才能もありました。全部投資に回していれば、今ごろFIREしていたはずです。
財運があることと、それを持ち続ける才能があることは別なので、入ってくることと残ることは違います。福耳が保証してくれるのは、たぶん入ってくるところまでです。
ピアスを開けてぷっくり感は少し失われましたが、福耳に生まれたという事実のほうは、今もアイデンティティの一つとして残っています。
それでも、お守りとしては使えます
ここまで線は後付けだと書いてきましたが、後付けだと分かったうえで使う分には意味があると思っています。
なぜかは分からないけれど、自分なら何とかなる、私は大丈夫と思える感覚。その源が、私の場合はこの手相と耳にあります。
だって、私の手にはこんな線があるのだから。そう自分を勝手に納得させて、心を強く保ってきました。理屈としては何の根拠もありませんが、心を保つのに根拠は要りません。
自信というのは、根拠より、そう感じられる力のほうが実際に効きます。周りにどう評価されようと、自分を信じられるかどうかで動ける量が変わるので。
私はちょっと特別かもしれない。そう思えるお守りが手のひらにあるだけで、人は結構強くなれます。
線に人生を預けるのは違いますが、お守りとして持っておくのは構わないと思っています。
よくある質問
Q. ますかけ線は変わりますか
A. 手相は変わります。ますかけ線は占い師の間では特別な存在として扱われますが、持って生まれた性質を活かし続ける努力のほうに意味があります。
Q. 片手だけの場合と両手の場合で違いはありますか
A. 片手だけでも稀ですが、両手にある場合は先天的な性質と後天的な積み上げが同じ方向を向いている状態と読みます。ただし、修正が効きにくいという面もあります。
Q. ますかけ線があるのに、運が良いと感じません
A. 手相は可能性を示すもので、保証ではありません。ますかけ線があるという事実を、自分を信じる理由の一つとして使う分には意味があります。運は自分で掴むものですし、この線を持つ人ほどその傾向が強く出ます。
Q. シミアンラインと聞いて不安になりました
A. この手相は健常な人にも一定の割合で見られます。線があること自体で何かが判断できるものではないので、切り離して考えてください。
Q. 福耳はピアスをしたら運が下がりますか
A. 耳たぶの形が少し変わっても、生まれつき持っている気質や縁は変わらないと思っています。
なお、女優を目指す方はピアスを開けないことが多いです。開けないことで拓ける道もあるので、迷っているなら開けないという選択もあります。私は今、ピアスを着けていません。
まとめ
ますかけ線は、天下取りの相と呼ばれます。ただ、今の世の中に取る天下はありません。
同じ線を持っていても、父は中小企業の社長で、私は組織にいません。線が行き先を決めているわけではなく、先に性質があって、後から線を説明に使っているだけです。
それでも、後付けだと分かって使う分には構わないと思っています。自分は大丈夫だと思えるお守りが手のひらにある。それだけで、動ける量が変わります。
あなたの手にも、あなたなりの説明が刻まれているかもしれません。







コメントを残す