
「ババ・ヴァンガが、2026年11月に宇宙人が来ると予言していた」
最近、SNSでこんな話を見かけた人も多いと思います。9.11もチェルノブイリも当てた、的中率は85%。そんな紹介のされ方をすることが多い人です。
結論から言うと、今広まっている予言のほとんどは、本人が言ったと確かめられないものでした。ただ、だからといってヴァンガさんが嘘つきだったという話でもありません。生きていたころの彼女と、亡くなってから作られたイメージは、かなり違っていました。
先に、調べてわかったことをまとめておきます。
- ヴァンガは予言を書き残しておらず、録音もない。今ある予言は、すべて誰かが伝えたもの
- いちばん近くにいた姪は、世界や国の未来の予言は一度も聞いたことがないと話している
- 「2026年11月の宇宙人到来」は、本人の発言として確認できない。去年は「2025年」として出回っていた
- 「的中率85%」の出どころは不明。実際の相談を調べた研究では、当たり445、外れ90、どちらとも言えない288だった
2026年11月の宇宙人到来は、どこから来たのか
今いちばん話題になっているのが、「2026年11月、巨大な宇宙船が地球の大気圏に入り、人類は初めて地球外生命と接触する」という予言です。
結論から言うと、この「11月」という時期がどこから出てきたのかは、海外の検証でもわかっていません。本人がそう言ったという録音も、手書きの記録も見つかっていません。
元になったと考えられる話は二つあります。
一つは、ヴァンガの姪で伝記も書いたクラシミラ・ストヤノワが伝えている「ヴァムフィム」という星の話です。ヴァンガは、その星から来た存在と交信していると話していたそうです。その存在は地球で目に見えない形で暮らしていて、魚のうろこのように光る半透明の服を着て、「大きな出来事」の準備をしている。ただ、それがいつなのかは語られていません。
もう一つは、「200年後に、知性を持つ兄弟と接触する」という言葉です。これも、いつから数えて200年なのかはわかりません。
こうした話に、誰かがあとから「2026年11月」という日付をつけたと考えるのが自然だと思います。ちなみに、ほぼ同じ内容の予言は、去年は「2025年」として出回っていました。何も起きなかったので、1年ずらされたわけです。
2026年のそのほかの予言
宇宙人のほかにも、2026年については「第三次世界大戦が起きるかもしれない」「自然災害が増える」といった予言が紹介されています。ただ、どれも年ごとの予言リストに載っているもので、誰がいつまとめたのかわからないものばかりです。第三次世界大戦については、2010年に始まると言われていたものが外れたあと、年をずらしてまた出てきています。
11月2日の「緊急要請」とは関係ない
SNSでは、「11月2日に政府が国民に備蓄を呼びかけるのは、何かが起きるからではないか」と、宇宙人の予言と結びつける投稿も見かけます。
11月2日は、国の新しい役所「防災庁」ができる日です。細野防災担当大臣は、この日に合わせて、国民や自治体に災害への備えを進めるよう「緊急要請」を出すと話しています。家庭では、食べ物、水、トイレを最低3日分、できれば1週間分用意しておく、という内容です。日にちは9月の閣議で防災庁の発足日として決まったもので、何かの災害や出来事を予告するものではありませんが言葉の要請と強すぎるので皆が不安になってしまったのかもしれません。
予言とは関係なくても、備えておくこと自体はいいことです。この機会に、家の水や食べ物を一度見直してみるのもいいと思います。
11月が終わったら、この記事に結果を書き足します。
ババ・ヴァンガの的中率は何%なのか
「的中率85%」とよく紹介されますが、この数字の出どころははっきりしません。信じている人たちの間で広まっている数字です。
一つだけ具体的な調査として、ブルガリアの社会学者ヴェリチュコ・ドブリヤノフの研究があります。18人の相談者に向けたヴァンガの発言823個を調べたところ、当たったものが445、どちらとも言えないものが288、外れたものが90だったそうです。
全体で見ると約54%、白黒がついたものだけで見ると約83%になります。ただ、これは一人ひとりの相談の中で言ったことで、世界の出来事の予言とは別のものです。生きていたころのヴァンガは、世界の未来より、家族の病気や行方不明の人など、身近な悩みの相談に乗っていた人でした(このあと詳しく書きます)。何をもって「当たり」としたのかも、はっきりしていません。
世界の予言については、本人の発言を確かめられる記録がないので、そもそも的中率を出すための元のデータがありません。
ババ・ヴァンガとはどんな人か
目の見えない少女だった
ババ・ヴァンガの本名は、ヴァンゲリヤ・パンデヴァ・グシュテロヴァ。1911年、今の北マケドニアにあるストルミツァという町で生まれました。「ババ」はブルガリア語で「おばあちゃん」という意味です。
3歳でお母さんを亡くし、家は貧しかったそうです。12〜13歳のころ、竜巻に巻き上げられて畑に落とされ、目に砂やほこりが入ったことで、だんだん目が見えなくなりました。手術も受けましたが、お金が足りず、最後まで治療できなかったと伝えられています。
戦争をきっかけに相談が集まるようになった
第二次世界大戦のころから、戦地に行った家族は無事か、行方不明の人はどこにいるのか、と彼女のもとに相談に来る人が増えていきました。1942年に結婚して、ブルガリア南西部のペトリチという町で暮らすようになります。
国に雇われた予言者
当時のブルガリアは共産主義の国でしたが、1960年代に入ると、国は彼女を研究し始めます。ブルガリア科学アカデミーの研究所が能力を調べ、1967年ごろからはペトリチ市が給料を払うようになりました。
面会料は、ブルガリア人なら10レフ、外国人はその数倍。秘書がついて、面会の受付も市が管理していました。国の公認の「不思議な人」だったわけです。ソ連の指導者ブレジネフや政治家も訪ねてきたと言われていて、1976年にはドキュメンタリー映画も作られています。
共産主義の国なのに、なぜつぶされなかったのか
共産主義の国では、占いや宗教は取り締まられるのが普通です。中国の文化大革命のころには、占いも宗教も徹底的につぶされました。ブルガリアも、第二次世界大戦のあとは実際にヴァンガの活動を抑えようとしていました。それなのに、なぜ国が雇うことになったのか。理由はいくつか考えられます。
一つは、「科学」として扱ったことです。1966年、ブルガリア科学アカデミーの中に「暗示学研究所」が作られ、ヴァンガの能力が研究されました。迷信として否定するのではなく、まだ解明されていない人の能力として、研究の枠に入れたわけです。当時は冷戦のさなかで、ソ連でもアメリカでも超能力が本気で研究されていた時代でした。アメリカでは軍が透視の研究をしていましたし、1970年には東側の超能力研究を紹介した本がアメリカで話題になっています。
二つめは、お金です。面会料は市の収入になり、外国人はブルガリア人の数倍を払っていました。外貨が足りなかった当時の東側の国にとって、外国からのお客さんはありがたい存在だったと考えられます。
三つめは、国の手元に置いておけることです。給料を払い、秘書をつけ、受付も市が管理する。つぶすより、管理したほうが都合がよかったのかもしれません。秘密警察が相談者の情報をヴァンガに伝えていたのではないか、という見方もありますが、これは疑う側の推測で、証拠はありません。
そして、国の上の人たちも相談に来ていたことです。指導者たちが頼りにしている人を取り締まるのは、難しかったはずです。
つぶすより、国のものにする。ブルガリアは、そちらを選んだ国でした。
相談の中心は「体の悩み」だった
ヴァンガの名前がついた財団の関係者は、彼女が扱っていたのは主に人々の健康の悩みだったと話しています。家族の病気のこと、行方不明の人のこと、亡くなった人のこと。世界の未来というより、一人ひとりの暮らしの相談に乗っていた人でした。
1996年8月、乳がんのため84歳で亡くなりました。今は住んでいた家が記念館になっていて、ブルガリアでは今も多くの人に慕われています。
話を聞いてほしいと思わせる人だったのでは
調べていて思ったのは、ヴァンガは普通にいい人だったんじゃないか、ということです。
相談に来る人の表情は見えなかったはずです。それでも、たくさんの人が訪ねてきて、国が受付の仕組みまで作るほどだった。予言が当たるかどうかより、この人に話を聞いてほしい、相談に乗ってほしい、と思わせる何かがあった人なんだと思います。
目が見えない霊能者、という物語
ヴァンガのように、目が見えない、あるいは大きな事故や病気をきっかけに不思議な力に目覚めた、という話は、霊能者や占い師のプロフィールでよく見かけます。「能力と引き換えに視力を失った」「事故で生死をさまよってから見えるようになった」。古くはギリシャ神話にも、目が見えない代わりに未来を見通す予言者が出てきます。
ただ、私は不思議な力そのものを否定しているわけではありません。以前、すごく力のある霊能者の方と電話で話したとき、こちらから何も言っていないのに、私がいる場所や、そのとき何をしようとしていたかを言い当てられたことがあります。聞いてもいないのに、それについてのわししか知らない話のアドバイスまでしてくれました。
そういう人は本当にいると思っています。だからこそ本人の言葉とあとから作られた話は、分けて見たほうがいいと思うんです。
世界的に有名になったのは亡くなったあと
生きていたころのヴァンガは、ブルガリアやソ連、東ヨーロッパの中では有名でしたが、世界中で知られていたわけではありません。
世界的に名前が広まったのは、2000年代にネットで英語の「予言リスト」が出回ってからです。2010年代に入ると、イギリスの大衆紙が毎年「ヴァンガの今年の予言」を記事にするようになり、それがSNSで世界中に広がりました。
予言は誰が伝えたのか
ここがいちばん大事なところですが、ヴァンガは予言を何も書き残していません。相談の様子を録音したものもありません。今出回っている予言は、すべて「誰かがそう伝えた」ものです。
伝えた人として名前が挙がるのは、次のような人たちです。
- 姪のクラシミラ・ストヤノワ。1989年に伝記『ヴァンガ』を出した、いちばん近い記録者です。失明のいきさつも、この伝記が元になっています
- ロシアの作家ヴァレンチン・シドロフ。1970年代にヴァンガに会ったと書いていて、「ロシアの栄光は残る」という有名な予言は、この人の本が出どころです。ただ、会話の記録は残っていません
- 伝記作家のヴィクトリア・バラショワ。ヴァンガは具体的には言わず、たとえ話で語ったこと、マケドニアの方言から訳されるうちに意味が変わったことを指摘しています
そして注目したいのが、姪のクラシミラの言葉です。彼女は、おばから世界や国の将来についての予言は一度も聞いたことがない、と話しています。いちばん近くにいた人がそう言っているのは、とても大きいと思います。
「当たった」と言われている予言
9.11同時多発テロ
いちばん有名なのが、1989年に言ったとされる「アメリカの兄弟たちが鉄の鳥に襲われて倒れる。狼たちが茂み(bush)で遠吠えする」という言葉です。「茂み」が英語でbushなので、ブッシュ大統領のことだと言われています。
ただ、ヴァンガが話していたのはブルガリア語(マケドニアの方言)です。ブルガリア語の「茂み」は、ブッシュとはまったく別の言葉。この語呂合わせは、英語に訳したあとでしか成り立ちません。しかも、2001年より前にこの言葉が記録されていたという資料は見つかっていません。
「鉄の鳥」という言い方も、チベットの古い予言やアメリカ先住民の言い伝えなど、昔から予言によく出てくる決まった表現です。飛行機にもミサイルにも読めるので、何かが起きたあとなら当てはめやすい言葉でもあります。昔の人って飛行機のこと鉄の鳥って言うのでまぁしっくりくる表現でもあります。
クルスク沈没
「クルスクは水に覆われ、世界中が嘆く」と1980年に言ったとされ、2000年のロシアの潜水艦クルスクの事故を当てたと言われています。でもこの話は、本人が亡くなったあとに広まったもので、生前に言ったことを裏付ける証拠はありません。
そのほかの「当たった」予言
インディラ・ガンジーの暗殺、チェルノブイリ原発事故、ソ連の崩壊、44代アメリカ大統領が黒人になること、ブレグジット、ISISの台頭。どれも「当たった」と紹介されることがありますが、事件より前に彼女が言ったという記録は見つかっていません。
その中で比較的確かなのは、自分が亡くなる日を言い当てた話です。1990年のインタビューで1996年8月11日と言ったとされ、実際にその日に亡くなっています。
外れた予言
当たった話ばかりが広まりますが、外れた予言もたくさんあります。
- 1994年のサッカーW杯の決勝は、Bで始まる国同士になる(実際はブラジル対イタリア)
- 2010年に第三次世界大戦が始まる
- 2016年、ヨーロッパはほとんど人がいなくなる
- 44代アメリカ大統領が、最後の大統領になる
- 2025年に宇宙人と接触する
W杯の予言は、1995年にアメリカのニューヨーク・タイムズがヴァンガの村を取材した記事で紹介されたもので、生きていたころから伝わっていた話です。
一方で、ヨーロッパや第三次世界大戦の予言は、2008年ごろネットに出回った英語のリストが出どころです。本人が言ったという記録はなく、ロシアの雑誌の取材では、ヴァンガの近所に住んでいた人たちも、彼女がそんな話をしていたことはないと否定しています。「外れた予言」というより、そもそも本人の予言ではなかった可能性が高い話です。それでも、外れたあとに中東の戦争に合わせて書き換えられ、また広まりました。
プーチン暗殺の予言はありえない
毎年のように出てくるのが「ヴァンガが今年のプーチン暗殺を予言していた」という話です。
でも、ヴァンガが亡くなった1996年8月、プーチンはまだモスクワの役所に移ったばかりで、ロシア国内でもほとんど名前を知られていませんでした。首相になったのは1999年、大統領になったのは2000年です。
バルカン地域のファクトチェック団体「SEE Check」の調べでは、この予言は2019年、2020年、2021年、2022年と、年だけ変えて毎年使い回されていました。本人が言ったという証拠は、一度も示されていません。
プーチンについてもう一つよく出てくるのが、「すべては氷のように溶けるが、ひとつだけ残る。ウラジーミルの栄光、ロシアの栄光」という言葉です。「ウラジーミル」はプーチンのことだと言われていますが、この言葉の出どころは、ロシアの作家シドロフが「1979年に聞いた」と書いた本だけです。10世紀のウラジーミル大公のことだったり、そもそも「ウラジーミル」とい名前自体はクラシックな定番の名前なのでまぁわかんないんですよね。
ヒトラーが訪ねてきた、という話
ヴァンガの話でよく出てくるのが、「ヒトラーが彼女のもとを訪ねてきた」というエピソードです。
この話は作り話だと思います。ロシアの雑誌の検証では、日付や当時の状況から見て不自然で、本当にあったことなら姪の伝記に書かれていたはずなのに、まったく出てこないことが指摘されています。
ブルガリアの国王ボリス3世が訪ねてきたという話もありますが、こちらも「訪ねてきたとされる」止まりで、確かな記録はありません。
なぜヴァンガの予言は毎年増えるのか
調べていて思ったのは、ヴァンガの予言が「使いやすい」ということです。
- 本人がもう亡くなっていて、記録もないので、否定する人がいない
- 「鉄の鳥」のような、どうとでも読める言葉が多い
- 外れた予言は忘れられ、当たったように見える話だけが残る
- 外れても、年をずらせばまた使える
バルカン半島では、年明けにヴァンガの予言を紹介するのがお正月の恒例のようになっていて、もともとはお楽しみ記事の一つでした。それが翻訳されて海を渡るうちに、「本当に予言していた」話のように広まっていったんだと思います。
予言とどう付き合うか
私は、未来は決まっているものではなく、変わっていくものだと思っています。予言が全部そのとおりになるなら、誰も何もしなくていいことになってしまいます。
ヴァンガが本当にしていたのは、目の前に来た一人ひとりの悩みを聞いて、言葉をかけることでした。それが当たったかどうかより、その言葉で救われた人がいたことのほうが、彼女の本当の姿に近いのではないかと思います。
正直に言うと、私は予言の話が好きです。こんな予言があるらしい、と聞くだけでちょっとドキドキするし、それ自体がひとつの楽しいです。
ただ、その予言のせいで余計に不安になってしまうなら、それが誰の言葉で、どこから来た話なのかを、一度ちゃんと調べてみてください。たいていの場合、その怖さは少し軽くなるはずです。
ちなみに、宇宙人は誰がどう考えてもいると私は思っています。向こうから見たら、私たちのほうが宇宙人です。地球の人でも別の星の人でも、仲良くできたらそれでいいじゃないですか。
なので、もしこれを読んでいる宇宙人の方がいたら、ぜひ仲良くしてください。








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