
駅のエスカレーターの横の鏡、ショーウィンドウ、エレベーターの壁。つい自分を見てしまうこと、ありませんか。
そして見ている自分に気づいた瞬間、少し気まずくなって視線を外す。誰かに見られていなかったか確認したりして。
ナルシストだと思われたくない、あの感じです。
面白いのは、鏡を見たい気持ち自体は消えていないところです。ちゃんと見たいのに、見ているところを見られたくない。この二つが同時にある。
ミラーワークが三日で消える理由の半分は、たぶんここにあります。やり方を知らなかったから続かなかったのではなくて、知っていたのに続かなかった方が本当に多いので。
だからこの記事は、やり方の解説から始めません。どこで折れるのか、そこから書きます。
簡単なのに続かない
ミラーワークは、鏡の中の自分の目を見ながら、自分に肯定的な言葉をかける方法です。ルイーズ・ヘイという自己啓発作家が広めました。道具も場所も要らないし、洗面所で10秒あればできます。
これだけ簡単なのに続かないと、人は「私は意志が弱い」と結論を出します。
でも、簡単さと続けやすさは別ものです。ミラーワークには続けようとすると必ずぶつかる壁があって、それを知らずに始めると「自分だけができない」になってしまう。
壁は、だいたい決まった順番で来ます。
つまずくところは、たぶんこの4つのどれか
どこを見ればいいかわからない。
最初はここです。鏡の前に立つ習慣はあっても、自分の顔を見つめたことのある人は少ない。歯を磨きながら見る、化粧をしながら見る。ショーウィンドウで一瞬だけ確認する。どれも作業か、盗み見です。対面ではありません。
盗み見なら1秒で済みます。対面は10秒かかる。この差が思ったより大きい。
いざ見つめようとすると、両目を交互に追ってしまって落ち着かない。そのまま10秒が終わって、「これで合ってるのかな」で終わる。
片方の目だけ見ると決めてしまえば済みます。左でも右でも。人と話すときも本当は片目しか見ていないので、そのほうが自然です。
顔のアラばかり目に入る。
見つめられるようになると、次はこれ。
目の高さが左右で違う。口角の上がり方も違う。ほうれい線、毛穴。普段は気にしていなかったところが急に立ち上がってきて、褒め言葉どころではなくなります。
やめる方が一番多いのは、ここだと感じています。自分を好きになるために始めたのに、余計に嫌いになった、という状態。
見慣れていない顔を見つめれば、脳は違和感を探します。探すようにできているだけで、あなたの顔に問題があるわけではありません。決めた片目だけに視線を固定すると、顔全体が視野に入らないので判定が走りにくくなります。
言葉が嘘くさくて口に出せない。
「あなたは素晴らしい」が、どうしても言えない。
日本では自分を褒めることに傲慢というラベルが貼られやすいし、謙遜が空気として求められます。「調子に乗るな」「もっと頑張れ」と言われて育っていれば、肯定の言葉そのものにブレーキがかかる。
冒頭の、鏡を見ているところを見られたくない感覚と同じものです。自分に注意を向けること自体が、うぬぼれとして扱われる。だから声に出す前に、頭のどこかが止めにきます。
でも、鏡を見るのは自分の状態を確認する行為であって、うっとりする行為ではありません。体温計を見る人をナルシストとは呼ばないのと同じです。
そして自分にその実感がなければ、褒め言葉は嘘としか感じられません。嘘を毎朝つくのはしんどいです。続くわけがない。
ここは言葉を選び直せば抜けられます。抵抗の大きい言葉から始めているだけ、ということが本当によくあるので、後半にリストを載せました。
変化がなくて飽きる。
2週間ほど続いた方が消えるのがここ。
自己肯定感が上がった実感もないし、人生が動いた気配もない。それなら時間の無駄では、と思い始めます。
これは変化の順番を誤解していると起きます。ミラーワークで先に動くのは、褒められるようになることではありません。先に減るのは否定のほうです。この話は後半で。
「私」をやめて、名前で呼ぶ
続かない方に私がまず勧めるのが、自分の名前を呼んでから言葉をかけることです。
「私は大丈夫」ではなく「◯◯さんは大丈夫」。この一手間で、届き方がかなり変わります。
友達が同じ悩みを持ち込んできたら、あなたはたぶん的確で優しいことを言えます。それが自分のことになった途端にできなくなる。名前を使うのは、友達に向けるときの視点を自分にも引っ張ってくるための入り口です。
これ、スピリチュアルな理屈ではなくて、心理学の実験があります。ミシガン大学のイーサン・クロスという研究者が2014年に発表したもので、ストレスのかかる場面で自分に語りかけるとき、「私」ではなく自分の名前や「あなた」を使ったグループのほうが、不安が低く、課題の出来も良かった。7つの実験、585人が対象でした。
クロスはこれを distanced self-talk と呼んでいます。日本語にすると、距離を取ったセルフトーク。自分の体験を少し離れたところから眺められるようになるので、感情の高ぶりが下がる、という説明です。
2017年には脳の活動を測った追試もあって、三人称で振り返ったときには感情の反応がかなり早い段階で下がっていました。しかも、歯を食いしばるような努力を必要としない形で、です。
がんばらなくても効く。続かない人にとっては、そこが一番ありがたい部分だと思います。
10秒でいい
続かなかった方に5分のワークは勧めません。同じところで折れるからです。
10秒、一言。それで成立ということにしてください。
鏡の前に立って、決めた片方の目を3秒見る。自分の名前を呼んで、一言かける。最後に口角を上げる。作り笑いで構いません。上げてみると鏡の中の空気が少し変わります。
視線を逸らしたくなったら逸らしてください。戻ってくれば続いています。
忘れてしまう方は、顔を洗った後、歯を磨いた後、と決めてしまうと楽です。思い出す努力が要らなくなります。
言葉は、抵抗の少ないものから
上から順に、受け取りやすい順に並べました。引っかかったら一つ戻ってください。
存在を認める言葉から。
- ここにいていいよ
- 生きているだけで十分だよ
- 何もできなくても、価値は変わらないよ
- そのままでいいよ
一日をねぎらう言葉。
- 今日も頑張ったね
- よく起きたね
- ちゃんと働いてきたね
- 疲れたね、お疲れさま
変化を認める言葉。
- 前より落ち着いてきたね
- 昨日より顔がいいよ
- ちゃんと進んでるよ
送り出す言葉。
- 今日はいい日になるよ
- 大丈夫、なんとかなるよ
- 無理しなくていいからね
最後が外見です。
- その目、きれいだね
- 笑った顔、好きだよ
- 髪、似合ってるね
外見の言葉が一番入りにくいという方が多いです。「私は美しい」から始めて折れた方は、言葉が合っていなかっただけかもしれません。存在を認める言葉のほうが、意外とすんなり入ります。
信じられないまま言うことになりますが、それでいいです。認知行動療法でも、先に行動が変わって認識が後からついてくる順番は珍しくありません。信じてから言うのではなくて、言いながら信じられるようになっていきます。
変化には順番があります
ここを知っておくと、4つめの壁で消えにくくなります。
最初に減るのは否定です。鏡を見た瞬間の「うわ」がなくなる。褒め言葉が言えるようになるより、こちらが先に来ます。
次に、判定が走らなくなります。顔を見ても「歪んでる」「疲れてる」が立ち上がらず、ただ見られるようになる。この段階に入ると、鏡の前に立つのが楽になります。
そのあとで、細かい変化が読めるようになります。今日は顔色がいい、目の開き方が違う、少し疲れが出ている。自分の状態を鏡で確認できるようになるわけです。体調を崩す前に気づけたり、疲れの溜まりを早めに拾えたり。褒めるための習慣が、自分を観察する習慣に育っていきます。
私自身、ここから先のほうが実用的だと思っています。
涙が出てきたら
続けているうちに、急に涙が出ることがあります。
抑えてきた感情が動き始めたサインです。止めなくていいです。続けるうちに量は減っていきます。
慣れてきたら、鏡の中に子どもの頃の自分を思い浮かべる方法もあります。5歳の自分、10歳の自分を想像して、こんなふうに。
「大丈夫だよ。あなたは、何も悪くないよ」 「ずっと頑張ってきたね。ありがとう」 「これからは、私があなたを守るからね」
幼い頃に受け取れなかった言葉を、今の自分が贈る。深いところに届くので、余裕のある日に試すくらいがちょうどいいと思います。
よくある質問
Q. 一度やめてしまいました。もう手遅れですか
A. 何度でも再開してください。習慣は連続日数ではなく、戻ってこられるかで決まります。やめていた日数は数えなくていいです。
Q. 家族がいて、声に出すのが恥ずかしいです
A. 心の中で言うだけでも成立します。声に出したほうが届きやすいのは確かですが、続かない方法を選ぶ理由はありません。
Q. どのくらいで効果が出ますか
A. 個人差が大きいので日数では言えません。ただ目印はあります。鏡を見た瞬間の否定が減ったかどうか。そこが動いていれば進んでいます。
Q. スマホのインカメラでもいいですか
A. 代わりにはなります。ただ画面越しだと「見られている自分」の意識が強くなりやすいので、慣れるまでは鏡のほうがいいです。
Q. 「1日6万回の思考のうち80%がネガティブ」という話は本当ですか
A. よく見かける数字ですが、出所は確認できていません。米国の研究として紹介されることが多いのに、該当する研究が見つからない。実際の推定では1日の思考は6,000前後という報告があります。ただ、同じことを何度も考えてしまうこと、否定的なほうに注意が向きやすいことは別の研究で確かめられています。数字より、実感のほうを信じてください。
明日の朝、10秒だけ
鏡は真実を映します。ただ、その真実は、あなたが見ようとしているものです。
欠点を探せば欠点が見つかる。変化を探せば変化が見つかる。どちらを探すかは、こちらで決められます。
明日の朝、洗面所で10秒。片方の目を見て、名前を呼んで、一言。
「おはよう、◯◯さん。今日もよろしくね」
恥ずかしくて構いません。何度目の再開でも構いません。
※強い落ち込みが続く場合や、鏡を見ると外見のことが頭から離れずつらくなる場合は、無理に続けず専門機関にご相談ください。目を閉じて声だけで行う、ノートに書くといった方法でも代わりになります。








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