気づいたら何時間も見ていたショート動画の話
最近、電車の中でふと周りを見回すと、ほとんどの人がスマホの画面を見ている。そして多くの人が、縦向きの短い動画を次々とスワイプしながら見ている光景に出会う。私も例外ではない。
「ちょっとだけ」と思って開いたTikTokやYouTubeショートが、気づけば2時間も経っていた。そんな経験をした人は多いのではないだろうか。別に面白いと思って見ているわけでもないのに、なぜか指が勝手に次の動画へとスワイプしてしまう。
なぜ止められないのか
この現象を理解するには、心理学の「報酬系」という概念を知っておくと面白い。私たちの脳は、何か良いことが起きると「ドーパミン」という物質を放出する。これは「もっとやりたい」という気持ちを生み出す仕組みだ。
ショート動画の巧妙なところは、短時間で小さな「オチ」や「驚き」を提供することにある。15秒から1分という短い時間の中に、必ず何かしらの「報酬」が用意されている。猫が可愛い仕草をする、意外な結末が待っている、誰かが失敗して笑える、感動的なエピソードで涙腺が緩む。
これらの小さな報酬が次々と得られることで、脳は「次はどんないいことがあるだろう」と期待し続ける。次に何が出るかわからない期待感が私たちを画面に釘付けにする。
感情を揺さぶるコンテンツの魅力
ショート動画プラットフォームには、実に多様なコンテンツが存在する。中でも私たちが特に引き込まれやすいのは、感情を強く動かすものだ。
「正体を知らずにバカにしていた相手が、実は偉い人だった」という逆転劇は、多くの人が一度は見たことがあるだろう。こうした意外な展開は、心理学で「報酬予測誤差」と呼ばれる現象を引き起こす。予想と違うことが起きると、脳はより強い刺激を受け、印象に残りやすくなる。
一方で、海外のほのぼのとした日常風景や、動物たちの可愛らしい映像は、私たちに安心感や癒しを与える。こうしたコンテンツは、ストレス社会に生きる現代人にとって、一種の精神安定剤のような役割を果たしている。
ただし、感動的な実話や社会問題を扱った重いコンテンツは、強い感情移入を引き起こす分、見た後に疲労感を感じることも多い。涙を流すことでカタルシスは得られるが、同時に感情エネルギーを大きく消費してしまう。
アルゴリズムという見えない手
ここで注意したいのが、プラットフォームのアルゴリズムの存在だ。私たちが何を見て、どれくらいの時間見ているか、どこで動画を止めるかといった行動は、すべてデータとして記録されている。
例えば、何気なく少し過激な政治的な動画を見たとする。翌日からおすすめ欄に似たような動画が並び始める。「そんなつもりじゃなかったのに」と思っても、アルゴリズムは「この人はこういう内容に興味がある」と判断してしまう。
特に心が疲れている時や、何も考えたくない時にボーっと動画を見ていると、ネガティブな情報に引っ張られやすくなる。不安を煽るような内容や、誰かを批判するような過激な意見ばかりが流れてくると、知らず知らずのうちに世界観が偏ってしまうことがある。
失われていく集中力
ショート動画に慣れすぎることで起きる変化の一つが、集中力の低下だ。短時間で刺激的な内容に慣れてしまうと、ゆっくりとした展開や、伏線が時間をかけて回収されるような物語に対して、我慢できなくなってしまう。
映画を見ていても早送りしたくなったり、本を読んでいても数ページで飽きてしまったり。一つのことに深く集中して取り組む能力が、徐々に衰えていくのを感じる人も多いのではないだろうか。
これは、現代のエンターテイメント全体にも影響を与えている。ドラマや映画も、視聴者の注意を引きつけるために、よりドラマチックで刺激的な内容になりがちだ。
それでも完全に悪いわけではない
ここまで読むと、ショート動画は悪者のように思えるかもしれない。しかし、それは決してそうではない。短時間で多様なコンテンツに触れられるのは、確かに魅力的だし、新しい発見や学びにつながることも多い。
問題なのは、自分でコントロールできなくなってしまうことだ。見たくて見ているのか、ただ惰性で見ているのか。その区別がつかなくなった時に、私たちは時間と心のエネルギーを無駄に消費してしまう。
上手な付き合い方を考える
では、どうすれば上手にショート動画と付き合えるだろうか。
まず大切なのは、自分の視聴パターンを知ることだ。一日にどれくらい見ているのか、どんな時に見たくなるのか、見た後にどんな気分になるのか。こうしたことを意識するだけでも、無駄な視聴は減らせる。
暇な時間の過ごし方の選択肢を増やすことも有効だ。電車の中や待ち時間に、つい動画を開いてしまうなら、音楽を聴いたり、短い読み物を読んだり、窓の外を眺めたりする習慣をつける。
プラットフォームの機能を活用することも忘れずに。興味のないコンテンツには「興味なし」のボタンを押し、見たくないチャンネルはブロックする。アルゴリズムに自分の好みを正しく学習させることで、より質の高いコンテンツに出会える可能性が高まる。
取り戻せるもの
ショート動画を見る時間を少し減らすだけで、意外なことが起きる。まず、心が穏やかになる。常に何かの刺激を受け続けることから解放されると、ぼーっとする時間の心地よさに気づく。
そして集中力も徐々に回復してくる。本を読むのが楽しくなったり、映画を最後まで集中して見られるようになったり。一つのことを深く味わう能力が戻ってくる。
何より、時間が自分のものになる。ショート動画に費やしていた時間を、本当にやりたいことに使えるようになる。
完璧である必要はない
「今日からショート動画は一切見ない」などと決める必要はない。大切なのは、自分の行動に気づき、少しずつ意識を変えていくことだ。
時には思いっきり動画を見る日があってもいい。完璧を目指すのではなく、自分なりのバランスを見つけていけばいい。
デジタル技術は道具に過ぎない。使われるのではなく、使いこなすことができれば、それは私たちの生活を豊かにしてくれる。ショート動画もまた、上手に付き合えば、日常に小さな楽しみや発見をもたらしてくれるはずだ。



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